Threshold 発端 / Dhidalah

漸く、と言うか満を持してリリースされたDhidalahの1stアルバム。リリースレーベルは『NO WATER(巨人の見た夢)』に引き続きGuruguru Brain。bandcampでのデジタルリリースの他、数量限定で12インチも用意されている。残念ながらCDは無い。

収録曲は「Neuer Typ」「Adamski」「Jovian Sky」「A.U.M.」の4曲、約35分。今時の音楽パッケージの尺度で言えばアルバムと表現するにはコンパクトでありEPの方が適しているかも知れない。だが例えばNINE INCH NAILSが『BAD WITCH』でそうしたように、SpotifyやApple Musicのような大手サブスクリプションサービスではEPの区分が存在せず、アーティストがリードトラック以外の楽曲も並列に扱ってもらおうと意図するならアルバムと定義せざるを得ない事情がある。
尤も、楽曲単位での購買が標準となりつつある現在であれば、そうした特定システムの都合に合わせずとも、無理にアルバムの体裁を整える為に捨て曲で盛る必然性は余り無い。我々はこの4曲で現在のバンドの全てを表現するのだ、といった意気込みで絞り込んだ方がストレートにバンドの良さや作品の全体像が伝わるし、拝聴する側にしても程良い時間で全体を万遍無く聴き込める故、バンドからの勝負に真っ向から応えられるというものだ。尤も本当にそう考えたかどうかは目下知る由も無いが。

Dhidalahは端的に表現すればハードロック(Black Sabbathを起源とするドゥームロックに類するが、ストーナーの文脈で捉えた方が今時自然だろう)で解釈するサイケデリック/クラウトロックを特長とするだけあり、音もリフも重い。ファズ好きには堪らない重さだ。前作のEP『NO WATER(巨人の見た夢)』収録の「GRB」にも増して本作では厚みが増し、強力なドライヴ感の「Adamski」やプログレ的な展開を持つ「A.U.M.」のリフで遺憾無く発揮されている。気怠さや茫洋さを含む音作りが一般的な(勿論Dhidalahも随所で則っているが)サイケ界隈の中では却って特異な印象を受ける。
勿論、サイケデリックの様式を持ったバンドとして決してそれを否定している訳では無い。最もその文脈に近い「Neuer Typ」では、例えばAsh Ra Tempel「Amboss」のような、ワンコード主体にしてその上を多様なソロプレイで押し切る楽曲構造が踏襲されている。元々は2015年にリリースされていたEP『Lucy in Space with Dhidalah』(言う迄も無く初期サイケの代表曲の一つである「Lucy In The Sky With Diamonds」の捩りだ)で公開されていた楽曲で、そちらでは他のDhidalahの楽曲のように幾つかの緩急を含んでいた。しかしそれを敢えて抑制し、ドラムパターンを縛ることでサイケデリック/クラウトロックとしての存在感が明確にされている。

また本作では恐らく初であろうヴォーカルが載せられた。ヴォーカルがあれば当然キャッチーではあるが、決してそのようにはしていない。他のトラックに埋没するぐらいのミックスで、あくまで音色の一部として扱っている。特に「A.U.M.」で、聖音の詠唱の様に日本語で歌ってはいるがトラックの一部に過ぎないという感触が良く伝わるかと思う。

日本に於ては元々サイケの支持層が少ないので、余り国内市場を気にすること無く、よく判ってらっしゃる欧州の支持層を相手にしつつ拡大していってほしいと願っている。サイケ/クラウトに限定されること無く広く海外フェスにブッキングされ、オーディエンスに広く支持されていくといいね。

 

 

 

 

タグ ,