If I Can’t Have Love, I Want Power / Halsey

ホールジーについてはよく知らず、2010年代に現れた女性アーティスト程度しか把握していないが、久々のトレント・レズナー&アティカス・ロスの全面プロデュースワークということで買った。2005年以降のトレントのそれから容易に想像し得る通り、ああこの人(達)がプロダクション面から関わると矢張り8割方食ってしまうようなあ、と良くも悪くも納得する作品であった。
残り2割のホールジー自身がヴォーカリストとして食い込んだ仕事、或いは例えば「Girl is a Gun」「Darling」「Honey」など、主にトレントは個人であればこういった曲調は先ず作らないことから、ホールジーへのクリエイティヴィティの尊重として一歩引いているであろう幾つかの仕事があり、それらによって恐らくホールジーのソロ作品として成り立っているのだとは思うが、まあ結局全体的な評価としては「トレントだなあ」という感想しか湧いてこなかった。

そういう訳で件のNINコンビが全曲関わっている他、目立つクレジットとしては、Toolのメイナードのソロプロジェクト・Pusciferの共同プロデューサーとして近年名を連ねるマット・ミッチェルがサウンドエンジニアリングで全面的に関わっている。「Easier Than Lying」「Girl Is A Gun」ではアラン・モウルダーもゲスト的にミキシングで参加している。「Easier~」のベースの質感にそこはかとなくモウルダー臭を感じたのだが正解だったので少し笑ってしまった。
その他、楽曲別のゲストとしては、「Lilith」ではピノ・パラディーノがベース、「Girl Is A Gun」ではプログラミングでジャック・デンジャーズ(Meat Beat Manifesto。随分久し振りな人選)、「You Asked For This」ではTV On The Radioのデイヴ・サイテックがギター(NINでは曾て「Survivalism (Dave Sitek Remix)」で関わっていた)、「Darling」ではフリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムがギター、「Honey」ではお馴染みデイヴ・グロールがドラムと、見事にNIN人脈が集っている。確かにここまでやってNIN色が全面的に出てこない筈がなかろう。あくまで個人的印象とは言え、近年のトレントはサントラ仕事の連続に因って相対的にロックミュージシャンとしての密度が下がりつつあるので、プロデュースワークと雖も本筋であるロックシーンに戻ってきてくれるのは喜ばしい。
1曲目「The Tradition」はアレッサンドロ・コルティーニが関わっているかと勘違いするようなメロディーラインだったが違った。どうせだったら関わっていてほしかった。

ところで「愛が享受されなければ力を」というタイトル、古くから物語によく出てくる男性登場人物間の対立構造の発端であり、同じ音楽で言えば『ニーベルングの指環』の発端が正にそれであったりするぐらいにはありふれてはいる。ロックを依代とした一〇代二〇代の反抗表明の構図に関しても同様に。それでも尚これを、オルタナから導出しつつ敢えて女性側のジェンダーから宣言していることが、ホールジーの今現在の土壌を踏まえて具体化されたエポックの一つであろうと思われる。往々にして90年代オルタナで謂われた諸力は憎悪と直結していたが、本作では必ずしもそうとは限らず、生きるべき諸力、守るべき剛性としても出力される。本作は実際にそうした変遷を経たトレントにプロデュースされてこそ有意であり、また意図的にトレントにあらかた食われた二層の構造になってこそ明確化すると考えられたかも知れない(トレントにしても、その背景を差し引いたとしてもその辺の個性や戦略性がヘボいアーティスト相手だったらプロデュースなんか請け負わないだろうと思われる)。仮に90年代や00年代だとしたら普通に埋もれた筈だ。これは受け手にとっても真摯に捉えるべき点であろう。
この一作品だけを通した勝手な想像ではあるが、極端な温度感の歌詞を羅列していないことも含め、力を欲するが支配力的なものとはまた違う、フェミニズムは標榜するが世間のそういう主張とはまた違う、というような、割と相対的で流動的な観念を持つ人なのではなかろうか。

https://www.loveandpower.com/
http://www.cmgcredits.com/artist/halsey/

 

 

 

本来最前面に立てるべきアーティストを殆ど食っているトレントのプロデュースワーク例

 

 

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