memories of VANGELIS masterpieces

ヴァンゲリスが79歳で逝去した。ゲーム音楽からインスト音楽の嗜好性を形成した身としては、一〇代から二〇代半ばにかけて最も敬愛していたアーティストの一人であった。世代が世代なもので、ファミコンの初代ハイパーオリンピックで恐らく無断使用されていた「Chariots Of Fire」が実質的なヴァンゲリス事始めだったことは言う迄も無いが、それとは別にゲーム音楽やMML打ち込み楽曲の比喩としてヴァンゲリスの名が挙がることが多く、それに応じて興味を向け『ALBEDO 0.39』を買ってみたのが契機だった。『OCEANIC』辺りで魅力を見失ってやや距離を置くようにはなったが、それでも完全新作がリリースされれば当然のように聴いてはいた。勿論目下最新にして最後の『Juno To Jupiter』も購入している。
楽曲単位だと際限が無い為、アルバム単位且つ順不同で思い入れの深い作品を挙げていく。前述の『炎のランナー』や、『南極物語』や『ブレードランナー』といった有名なテーマ曲を端的に追いたいのであれば、佃煮にしても余るほどベスト盤がリリースされているので、そちらを当たればまとめて聴ける。そうでなくとも、きっとまた新たなベスト盤が出てくるだろう。

 

 

SPIRAL (1977)

後述する初期の代表作『ALBEDO 0.39』よりも推したいのがこれだ。初期ヴァンゲリスと言えばNewton(科学雑誌)で頻繁に描かれるような宇宙空間+消失点まで集中するワイヤーフレームのイメージ喚起が非常に強い訳だが、この表題曲「SPIRAL」は特に突出した喚起力があり、大いに私を盛り上がらせた。冒頭の左右パニング&前後リヴァーブを駆使して螺旋を模したシークエンスの強烈さ、緊張感を煽るチューブラーベルと金属音、ベタベタにエモいクリシェとオブリガートの応酬、枚挙に遑が無い。
アルバム単位で捉えた場合、有り体に言ってしまえば表題曲だけで力尽きたような印象も無くはないのだが、まるでタンジェリン・ドリームをパロディーの対象にしたような「Dervish D」や、珍しくヴォコーダーを全面的に使った「Ballad」のような佳曲もある。

 

 

VOICES (1995)

『DIRECT』や『THE CITY』を経てデジタルシンセ主体への転換もすっかり垢抜け、自身のアイコンとなるCS-80パッドのようなヴィンテージアナログシンセとのミックスもすっかりこなれた印象が表題曲「VOICES」~「ECHOES」の時点で大いに感じ取れる。80年代以降殆ど作らなかったポジティヴな賛歌の復活に、噫そう言えばヴァンゲリスは本来こういう雰囲気が一番それらしかったのではないか、例えば『Opera Sauvage』のような、などと再認識した人も居たのではなかろうか。他方、映画音楽的なヴァンゲリス楽曲の美麗さを示す「Prelude」「Losing Sleep (Still, My Heart)」のような楽曲も対比的に含まれており、純然たるソロアルバムでは非常に完成度の高いアルバムだった。水中の静謐さを想起させるアートワークも非常に素晴らしかった。

 

 

THE CITY (1990)

人が犇めく都会の夜明けから深夜迄を楽曲で示した作品で、「Nerve Centre」や「Good To See You」からも判る通り、コンセプトでも音作りの面でも前作『DIRECT』と地続きになっている。些かKORG M1に頼り過ぎな弊害として、楽曲によっては当時のPCMシンセ付属のデモデータに近い印象すら漂っているものの、「Dawn」「Twilight」あたりは十全にヴァンゲリスの拘りが感じられるプロダクションになっている。また「Procession」のように、作品の最後にエンドロールの如く反復形式の長大な楽曲を配置して締める様式も矢張り『DIRECT』から引き継がれ、ソロアルバムの定番として暫く続いた。

 

 

DIRECT (1987)

ソロアルバムに於ける2000年までのフォーマットの礎が決定された作品。『Invisible Connections』『Soil Festivities』『Mask』といったそれまでの環境音楽アプローチ主体の80年代作品から転換し、リズムパートを明確にして単曲毎の構築の強度を明確にしている。時代的にはDX7全盛期であったこともあり、ベースはまだしもリズムに至る迄各所でFM音源感が強い。「The Motion of Stars」のきらびやかなベル系音色はFM音源以外の何物でも無い。ブックレットにはスタジオで機材に囲まれて林檎を齧るヴァンゲリスのアーティスト写真があり、CS-80とProphet-10の上にDX7 II、E-Mulator IIの上にDX7が鎮座している様子が判る。その他はJuno-106、MKS-80、S900が見て取れる。
Dial Out」は前作『Mask』の「Movement 1」を流用している、ヴァンゲリスにしては極めて珍しいアプローチの楽曲。

 

 

EARTH (1974)

サウンドトラック仕事のような内容であるにも拘わらず、純然たるソロ最初期の作品。何故か80年代にCD化されず、90年代半ばぐらいになって本国ギリシャでひっそりCDリリースされたぐらいには忘れ去られた作品だった(その後、2017年にヴァンゲリス自身によるリマスター盤が無事世に出た)。ヴァンゲリス名義とは言えアナログシンセを始めとした鍵盤系はかなり抑えめで、ギターとベースとマンドリンの存在感がかなり強く、地中海民族音楽的なアプローチで占められている。「Come On」「He-O」「Let It Happen」のようなヴォーカルあり楽曲の雰囲気も後押ししてか、聴けば聴くほど全く以てAphrodite's Child『666』の続編としか思えなくなってくる。だがそれがいい。実際Aphrodite's Child時代のメンバーも本作に関わっている。

 

 

HEAVEN AND HELL (1975)

オッフェンバックとは関係無い。無論『ALBEDO 0.39』が代表作としては先に立つものではあるが、冒頭「Bacchanale」からもストレートに伝わるプログレ組曲の強度としてはこちらに軍配が挙がる。ドラムも含めて一人自作自演を前後編40分という長さでここまでやる執念が兎に角物凄い。組曲の構成だとかポルタメントの効いたモーグのリードとか、ELPが好きな人ならまあまあハマりそうな親密度がある。合間に挟まる「So Long Ago So Clear」のヴォーカルでイエスのジョン・アンダーソンが参加しており、以後隙を見てはJon & Vangelis名義で何枚かアルバムを作ることになる。アンダーソンがイエスを脱退したリック・ウェイクマンの後釜としてオファーしたが無下に断ったというのは有名な話。

 

 

ALBEDO 0.39 (1976)

カール・セーガンの宇宙ドキュメンタリー『COSMOS』で多用されたこともあり、名実共にスペイシー且つレトロフューチャーなシンセサイザーミュージックの代表作となったアルバム。同じシンセ主体のインスト音楽同士でありながら、『Phaedra』や『Rubycon』など当時アンビエント方面の作風だったタンジェリン・ドリームとは対極的に、人が一般的に連想し得る情景や想像とストレートに直結したサウンドトラック的なアプローチをしていて、非常に判り易かったのも要素としては大きかっただろうとは思われる。そうした作風に加えて全自力演奏、ドラムも自分で叩いた生ドラムであった分、プログレの匂いも同居しており、並列的に配置されている。本作の推しだったら世間的にも「Pulstar」(あのENIGMAのマイケル・クレトゥですらカヴァーしたぐらいだ)か「Alpha」だろ、というところを敢えて「Nucleogenesis」にしたい。
ところで2013年にヴァンゲリス公式監修の名目で70~80年代作品のリマスター盤が相次いでリリースされ、試しに本作を購入して比較してみたことがある。2013年版はどういう訳かトラックダウンした状態から更にリヴァーブを被せたらしく、随分ぼんやりしてしまっていて結構ぐんにょりした気持になってしまった。ヴァンゲリスと言えばリヴァーブであることは確かではあるが、これは一寸無しだなと私は言い切る。

 

 

BEAUBOURG (1978)

ヴァンゲリス二大尖り過ぎ作品、『BEAUBOURG』『Invisible Connections』の片割れ。フィルターとリングモジュレーターとリヴァーブを駆使したセッションを編集したアブストラクトな前後編40分。事ある毎にアヴァンギャルドだ実験音楽だなどと表現され続けてきたものだが、改めて聴くと何と言うことはない、モートン・サボトニックカールハインツ・シュトックハウゼンの電子音楽の範疇にヴァンゲリスのコード感が合わさった程度だった。寧ろ多彩なテクスチャーが目白押しであり、合間合間にどっしりとルートを入れて調性的な着地を挟んでもいる為、飽きずに聴き易い類だろうとしか感じられない。強いて言えばメインの音色が単調であるのは否定出来ない。どうしても通して聴けない人はブレードランナーの情景を想像していればフィットしてくれる筈。

 

 

BLADE RUNNER (1994)

以降サウンドトラック編。言わずもがな。ヴァンゲリスを愛聴し始めて二年後にオフィシャルのサウンドトラックがリリースされて狂喜したものだ(が周囲にそれを共有し得る同好の士は皆無だった)。但し正確にはサウンドトラックとしての性質を持ったヴァンゲリスの拡大解釈ソロアルバムと捉えた方が正しかったりはする。全ての楽曲をシームレスに接続していること、実際に充てられたものとは違うヴァリエーション、若しくは同時期に作られたと思しき未採用曲「Brush Response」「Wait For Me」「Rachel's Song」といった楽曲で構成されているからだ。しかしどういう訳かこの3曲の流れとか雰囲気が圧倒的に良く、余りにもブレードランナーであり、本編で使っていない事実など全く以て些末に過ぎない。序でに言うとデッカード宅でのレイチェルとの交情描写で流れる「Memories Of Green」も元々は同時期のアルバム『See You Later』から抜粋された曲で、本来映画とは無関係だったのだが、矢張り余りにもブレードランナーの為としか思えない曲である。
1983年当時にリリースされなかったことや前述のような背景もあってか、ブレードランナーの「完全収録版」サウンドトラックは不定期にブートレグで何度も流通したりしていた。ちなみに目下の完全版は2011年に流通したEMS Recombination版と思われる。
また、最も有名なエンドタイトルは幾つかヴァージョンがあり、このサントラ収録版、ポリドール時代のベスト盤『Themes』(実はこれが実質的には初の音源化)収録版、同じくベスト盤『ODYSSAY』収録版、その他映画のワークプリント、初回公開版、ディレクターズカット、ファイナルカットそれぞれで微妙に違っていたりする。

その後、映画公開25周年となった2007年に『BLADE RUNNER TRILOGY』がリリースされた。未収録楽曲と『BR 25』と冠された当時のヴァンゲリスに依る再解釈楽曲をコンパイルした内容で、当然ながら未収録楽曲は「映像に充てられた代表的なトラックだが未収録だったもの」中心であり、全てのトラックやヴァリエーションを収録している訳では無い。後者の『BR 25』に関しては、うん、まあ、音の立体感やアーティキュレーションを手抜きして手癖だけで押し切った今のヴァンゲリスだね、という程度の蛇足(2000年代以降のヴァンゲリスを聴いている人は分かれ)ではある。

 

 

1492 Conquest Of Paradise (1992)

ブレードランナーと同じくリドリー・スコットによる、コロンブスの新大陸発見までのエピソードを長編映画化した『1492コロンブス』のサウンドトラック。そのタッグ故に恐らく当時あったと思われる世間の並々ならぬ期待感は裏切られず、それはSF物で無く歴史物であるという前提の違いをもカヴァーしきった傑作だった。少なくとも私の印象では。
ヴァンゲリスを最もヴァンゲリスたらしめている要素は(歴史物であろうと情け容赦無く導入する)YAMAHA CS-80よりも寧ろ、音色の過剰気味なリリースや深い空間系エフェクトを以て音楽に被せる空気や風の流れの演出にあり、このサウンドトラックではその前後にリリースされたアルバムよりもその比重や均衡を非常に丁寧な扱っていることが聴いてすぐに判る。年代が違えどブレードランナーと似通ったその空気感は、恐らくリドリー・スコットの提案だったのではなかろうか(ちなみに興味深いことに、件のブレードランナーのサントラが公式にリリースされたのは本作の二年後だった。ヴァンゲリス当人も思う所があったのかも知れない)。
メインテーマの位置付けとなる「Pinta, Nina, Santa Maria (Into Eternity)」は勿論得意の反復構造。

 

 

La Fete Sauvage (1976)

フランスのドキュメンタリー映画のサウンドトラック。二部構成になっており、第一部はアフリカンドラムと民族歌謡をベーストラックとしつつアナログシンセで劇伴としての抑揚を盛った連作、第二部は如何にもヴァンゲリスらしい優しいシンフォニックな作品。何はともあれリードトラックが素晴らしい。生演奏のログドラムにCR78のリズムパターンを重ね、モーグ(3VCOを3オクターヴユニゾンさせたシンプルで分厚いリードはこの頃何にでも使っていた)でのベタなペンタトニックの主旋律、絶妙に絡むオブリガートの存在感が、2分半程度のシンプルな構造でありながら凝縮された不思議な野性味を醸している。

 

 

Juno To Jupiter (2021)

2001年のNASAの火星探検プロジェクトのサウンドトラック『MYTHODEA』、2016年のESA(欧州宇宙機関)との関わりで探査衛星ロゼッタをモティーフに作られた『Rosetta』と同様、本作もNASAの宇宙探査機ジュノーの木星探査ミッションとのコラボレーションとして作られている。『Rosetta』とは五年のブランクがあるが、流石に歳も歳なので作風はどちらも其処迄変化は無い。ただ、判り易いリズムパターンやデジタル臭い軽めの音色でシークエンスパターンを組んだり、「Jupiter's Veil Of Clouds」のようにフレットレスベースの音色を主旋律にするなど幾分ソロアルバム作品(特に『DIRECT』の頃)の雰囲気もありつつ、「Out In Space」や「In The Magic Of Cosmos」で随分久々にCS-80を彷彿とさせるスウィープパッドを使ったりと、これ迄ヴァンゲリス自身がやってきた新旧様々なアプローチを細かく盛り込んでいることが判る。私のように長年拝聴してきたヴァンゲリス老人会メンバーのような立場でも充たされる出来であった。
結果的に『Juno To Jupiter』は遺作となり、宇宙探査にまつわるアルバムも二〇年かけて三部作として完成された、と捉えてもいいだろう。
本作で最もオールタイムのヴァンゲリスらしさが詰まっていると感じたのは、終盤のつなぎのような1分半程度の「Jupiter Rex」と、シームレスにつながる次の「Juno's Accomplishments」。敢えて何も書かない。伝われ。

 

 

 

 

 

 

余談1:ファイッ!(モハメド・アリの声で)

 

 

余談2:ちなみにudiscovermusic.jpのチョイスはこんな按配のようだ。『Soil Festivities』や『El Greco』から選んでいるのは大いに好感が持てる。

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