BLADE RUNNER 2049所感

打ち捨てられた共産圏のような世界観や雰囲気がとても良かった。テーマも前作から更に具体的に踏み込みつつある状況になり、ブレードランナーの続編に確かに値する作品だった。そして、ディックの弟子格とされるK・W・ジーターが何故か映画版を軸に勝手に書いた続編二冊が大々的に無かったことにされそうな勢いなのが大変に好ましい。

で、観た直後から拭えなかった疑問点などを列挙。ネタバレ前提なので未見の方は見ないように。

『BLADE RUNNER 2049』が続編前提であるのは見ての通りであるとして、未回収の謎に関して幾つか列挙する。見落としであった場合は御容赦を。ご指摘歓迎。

 

・何故2049年なのか
いい加減大多数のSF愛好家が理解していると思しき通り、SFで描かれるような未来像は30〜50年程度の近未来では到底実現し得ない。本作の未来像であれば、どんなに最短でも200年、容易に実現する時間を想定すれば800年程度はかかる。尤もそれを言ったら前作の2019年の時点で無理筋であり、ビッグ・ブラザーに至っては頭を抱える他になくなってしまう訳だが。

 

・タイレル社は何故レプリカント製造が禁止されて倒産したか
買収合併であれば先ず倒産とは表現しない。見るからに世界規模の巨大企業だったタイレル社がその程度で倒産するものだろうか、という疑問が最初に湧いてきた。何せ人類の基礎能力を凌駕するレプリカントを量産するぐらいだ、あらゆる臓器や細胞や脳構造の完全なリバースエンジニアリングを行い且つ改良を施せる程の開発技術・生産技術があれば、レプリカント生産禁止になったとしてもあの時世であれば医療分野や軍事分野では変わらず巨大な利益を獲得し続けられるし(そもそもタイレル社が規模を問わず一介の企業である方がおかしい)、フィジカルが駄目になったとしても、VR分野にその技術を丸ごと持ち込むことでネットワーク分野に途方も無い技術を有償提供する企業になり、他国家も及ばない巨大な国家を形成し得る。挙げ句、地球外の惑星にも進出している程だ。それらを一切していなかったとは想定し難く、レプリカント禁止法程度で簡単に倒産するような収益体制である筈が無い。
大停電の発端を描いた渡辺信一郎(カウボーイビバップの人だ)によるアニメの前日譚では核を使用していた。あらゆるデータが消失したとのことで、成層圏で爆発させてスカラー波を大量放出させた筋だと思うが(うろ覚え)、それが原因で倒産するなら他の企業ひいては国家すら等しく存続が不可能になる訳で、世界情勢もまた30年程度であの秩序の恢復は到底無理ではないかと思える。

 

・ウォレス社はどのようにして30年という短期間で巨大な人工食糧プラントを設け、レプリカント製造企業となるに至ったか
仮に生活インフラが復旧したとして、あの本編冒頭の広大なプラントが展開されるにはあれだけの敷地分に足るだけの安定したインフラ拡大と人材が必要となる。それらのリソースが30年以内に確保出来たのか。工作機械とレプリカントと生存者の労働力で事足りる規模だとは言い難い。そして人工食糧は無償公開とされている。どのような収益モデルであったか、倒産したタイレル社をレプリカント製造の核となる技術共々買収可能な程の資金をどのように形成したかの背景が一切無い。

 

・ニアンダー・ウォレスは何者か
何時、何処から、どのように現れ、ウォレス社として人工食糧技術を開発するに至ったかは全く触れられていない。前日譚では2036年のレプリカント製造禁止法の廃案の端緒を描いているが、これは既にウォレス社がほぼ出来上がった状況での出来事だ。ちなみに本来はデヴィッド・ボウイをウォレス役にしたかったようだが、逝去したのでジャレッド・レトになったらしい。ミュージシャンを前提としているのは何故だろうね。

 

・ウォレス社が何故ああもデッカードに関して無知であったか
Kが塩基配列のローデータをちょっと調べて判るようなこと、そこから推測し得る事柄の数々をウォレス社は把握出来ていなかったし、調査してもいなかった。ついでに言うと、塩基配列を見て検討すべき箇所が解る程の能力があることをウォレス社は自社製品の能力として把握していなかったことにもなる。挙句、LUVを使ってKの捜査を追跡していた。ウォレスが極度のデータ蒐集マニアであるにも拘わらず。骨董データを集めるだけで満足しちゃってるコレクターであるとしたら、タイレル社から失われたレプリカント自己生殖技術を本当に探しているとは言い難い。レプリカント同士から誕生した子からリバースエンジニアリングするにしても、別にそんなことしなくても人間とレプリカントの双方をリバースエンジニアリングすれば良い。元々レプリカントはそのようにして作られたし、お前らもそうしてネクサス9型を製造しているのだから。

 

・ウォレス社のラブプラス(JOI)の完成度
あれだけ完成されたAIとソフトウェアがあれば、LUVや他のネクサス9型なんか動員させなくてもどうとでも可能。グレッグ・イーガンまたは『マトリックス』のような此処十数年のSF界の流行に則り、人間をデータ化する方向に舵を切るべき。そして「0と1の方が美しい」とのラブプラスに対するKの発言からも判る通り、2049年時点で未だにバイナリだ。あれだけ完成されたAIとソフトウェアを制御するハードウェアのアーキテクチャーが量子で無くバイナリで出来ているという無茶さ加減。しかもあんな小型の端末で家庭内と同様に持ち運び可(何故かバックアップが無い)。剰え場所や光源や気候を問わず何時でも好きに立体投影可。Kの問題のみならずレプリカント全般の問題に至る全てを、ウォレス社はあの圧倒的な完成度を誇るAIを並列化して推論させるだけで良かったのだ。

 

・ウォレス社のラブプラス(JOI)を何の小細工もせずに持ち運んだK
自宅のラブプラスのアンテナを破壊した程度でウォレス社が自社製品の起動状況を追えなくなると考えていたとしたら、Kはラブプラスで遊ぶのをちょっと控えておいた方が良かった。ついでに同じスピナーを延々乗り回すことに関しても。

 

・ガフは何故デッカードがレプリカントであることを語らなかったか
前作の最後では既知であったのに、発言の限りでは普通に人間としての同僚扱いしていた不自然さがある。そして、Kの前に置いた折り紙は羊。

 

・爆心地であるラスベガスで発生していた蜂
習性や見た目から蜜蜂であろうと思われる。放射性物質に極端に弱い蜜蜂が集団で生息していることは即ち其処に放射性物質はほぼ無いものだという描写と捉えられる。ついでに大停電の際に使用された核は30年で半減期を迎えるセシウム137と推定出来る。しかし半減期はあくまで半減期であって、半減したからと言って蜜蜂が生きられるかは疑問であるし、蜜蜂が生きるに足るだけの花(またはそれに準ずるもの)があの何処にあるのか、という疑問も残る。養蜂にしても一寸管理が杜撰過ぎる。

 

・ラスベガスのインフラ
生活インフラがあれで賄えているのが謎。ホテルの自家発電が生きていて、脱走ネクサスがメンテしていた筋は考えられるが、其処に住むデッカードとの何かしらの交流があった節は見られない。また電気が生きていたら、少なくとも国家またはNYPDではベガスに何かがあると長年捕捉している筈。

 

・デッカードはNexus何型なのか
前作ではデッカード本人が誰にも語っていないユニコーンのイメージに関連して、終盤でガフがユニコーンの折り紙をデッカード宅の前に残すことでレプリカントの示唆をした。そしてレプリカントで無ければストーリーが通じなくなる、とリドリー・スコット自身が本作について言及したが、それでは何故ああまでもレプリカントとして弱体化された存在なのか(前作にしても今作にしても、どう見てもネクサス6型より弱いよね)が問題点。人間とそう変わらない能力値へ落とし込んだとしても、ブレードランナーとしてのレプリカントにするにはリスクが余りにも高い。デッカード自身は自分がレプリカントであることは知っていたとは言える。但しレプリカントだと断定された時点で、デッカードの記憶のオリジナルは誰の物か、デッカードは一体だけだったのか、複数生産されていたとしたらどのデッカードの記憶を埋め込まれたのか、或いはクローンを元にしたネクサスであったとしたら本当のデッカードは何処で何をしていたのか、等々の疑問も同様に大量発生する。

 

・デッカードが飼っていた犬
特に侵入者に対する防衛力になる訳でも無く、何もしていないので、配置した意味が不明。飼うことのステータスを原作に沿わせているのであれば、羊だったら良かったのにと思った。

 

・マダムは何故Kの報告を鵜呑みにしたか
フォークト=カンプフ検査のようなあれで異常と示されているにも拘わらず、具体的証拠の無い報告をすんなり受け入れたのは余りにも間が抜けてはいないか。そして端末が顔面を使用する複合生体認証であるにも拘わらず、死体でもすんなり顔認証されてしまうシステムは余りにも以下略。

 

・Kに対して何故その記憶で無ければならなかったのか
ブラフと雖も何故リスクを無視してKに特定の記憶を移植したかまではまあいい。ブラフが当の本人に対して発動したという面白案件についてもまあいい。が、Kがその記憶をコピーされていたことに対してオリジナルの記憶を持つ者が指摘をしない理由が見当たらない。複数のネクサス9型がこの記憶を持っていたような言及があるが、同一記憶の複製はレプリカント同士で容易に共有し得る問題があるし、ネクサス8型の頃からそれをするのはリスクが徒に肥大化する。そして記憶クリエイターと契約しているにも拘わらず、雇用者の素性を調べ切れておらず、レプリカントに対してこれだけ重要な仕事の結果と行動を全く把握していないウォレス社。

 

・このネタは素晴らしい:1
今作冒頭のサッパー・モートンの登場から処理に至る迄の一連のシークエンスは、前作の制作中に不採用となったハンプトン・ファンチャーの脚本初稿及びストーリーボードが元となっている。煮ている鍋、防護服を脱いで部屋へ入るモートン、部屋の隅で座って待つブレードランナーなど、ほぼ大部分がその儘サルベージされ、36年経て復活している。

 

・このネタは素晴らしい:2
デッカードがKと最初に相対した際、『宝島』からの引用を語り掛けたシーンがある。これは前作で撮影までされて使用されなかったデイヴ・ホールデンとデッカードの会話シーンが出典元となっている。劇中でホールデンは射殺された扱いになっているが、実際には一命を取り留め、ICUのような隔離部屋で生命維持されていた。デッカードが訪問した際、ホールデンは『宝島』を交えてネクサス6型に関する重要なヒントをデッカードに教えていた。

 

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