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A Sound Map of the Housatonic River / Annea Lockwood

A Sound Map of the Housatonic River / Annea Lockwood
水の音が何よりも好きだ。何時でも楽しんで聴ける。水を題材としたエクスペリメンタル作品が控えめながら古今東西存在する中、特に長らく愛聴している一枚がこれだ。掻い摘んで内容を表現しようとすれば「作品タイトル読め」の一言だけで終了してしまう訳だが、そんな投槍で気が済む筈も無いので例に拠ってくそ長く書く。と言うか、単に好きなものをこうだから好きだと気楽に書く心算だったが盛り上がり過ぎた。

 

本作はニュージーランド出身の現代音楽家、Annea Lockwood(アニー・ロックウッド)に拠る、数あるサウンドマップシリーズの内の一枚。約224kmに及ぶ長大なフーサトニック川の、マサチューセッツ州バークシャー山脈の複数の水源からコネチカット州のロングアイランド湾に面する河口に至る迄の全18箇所を記録したフィールドレコーディングである。元々は4chステレオのインスタレーション用音源として、Shure VP88(一本12万円程度で市販されている、MS処理可能なコンデンサ型ステレオマイク)と水中マイクを用いて、船を使わず主に河岸から録音した内容とのこと。ブックレットには簡単なバイオグラフィーやライナーノーツの他、川の地図があり、録音地点や録音日時の詳細が記されている。この界隈の例に漏れず、限定200枚。デジタル配信はコンピレーション用の編集版と公式サイトのサンプル以外では公開されていない。

水の音の何が面白いのか、と思う者は論外なので、この辺で読むのを止めた方がお互いの為だ。川の録音など幾らでもある、下手をすると100均店舗でも売っている、と云った異論は認める。実際買って聴いてみた経験があるが、そこそこ鮮明に録れていたので聴く分にはまあ問題無かった。だが、それが鑑賞すべき対象として面白いかどうかは別の話で、非常に重要な分水嶺である。

フィールドレコーディングとは、一種の変換と強調の方式を際立たせる方法であると言える。実際に河の傍に立って耳を澄ませた際に捕捉出来る音と、記録された音とは、互いに本質が異なる。双方現実に存在する/した対象であり証左となるが、記録した物は記録それ自体が変換の結果となる。現実に勝るもの無しと云う唯一点に於て記録の音質は劣るが、一方、44.1kHz/48kHz/96kHz、16bit/24bit/48bit、2ch/4ch/5.1chと云った幾つかの軛で録音・再生されることに因り、そのテクスチャーを際立って拡大表現するオブジェクトへと強調される。重ねて、視覚が実際の録音の場に無い、或いは視覚そのものが分断されることで、判断と理解の指標が尚更聴覚にフォーカスされる。記録された音の密度は、我々が如何に無意識に聴覚をフィルタリングし、限定された物の音だけを意識しているかを語る。その際、フィールドレコーディングに於て、録音機材の種類とその表現目的とは不可分なものだ。
また、フィールドレコーディングとは、作家を中心として、その時系列及び空間でのみ存在したあらゆる可聴域のパッケージ化を以て構築されるインスタレーションであり、その本領とは何処の何をどう云う意識と目的を以て記録するかにある。音質も当然にして重要な表現の一つとなる。河川や海を題材とした音源の凡その場合、マイクを設置して放置する定点観測となるが、(例えばわざわざバウンダリーマイクを使用して迄収録するDella社のように)秀でた環境音源としては立派に成立するものの、それだけで芸術装置の目的意識を有する作品として成立させるのは矢張り難しい。

こうした方法論を踏まえた結果として、この『A Sound Map of the Housatonic River』の、大変に美しく、異様な迄に聴覚へ接近し得る、生々しい質感を持ち合せた水の音である。元来、水の流れる音はノイズ同様に周波数帯域が広いので、急流や滝のように水流が強い処であればホワイトノイズの集合体とそう変わらなくなる(無論同質では無い)。かたや弱まれば途端に発音や波形やフィルターの多彩さを増し、艶めかしさと心地好さが併存する複雑な音色の一形式となる。
そしてこの作品は、水源から河口迄を追って記録したサウンドマップである。岩清水として垂れ落ちながら収束される細く弱い音に始まり、岩肌やマイク本体にぶつかった際に大気と混淆する柔らかで不定な音、緩い流れの為に殆ど起伏の生じない音、河口から海へ至る際の寄せては返す波の音と、水の成し得るあらゆる波形やテクスチャーを真摯に記録している。
併せて、鳥の囀りや啄木鳥の打音、様々な虫の鳴動、遠方での人の歌声や車両の走行音等、河の遥か上での出来事が水面上を基点として拾われ、アンビエンスの一部となって方々に鏤められる。この時、聴き手は川面そのものか、または作家の直ぐ傍を過ぎる木片や木の葉の立場である。

音としての時間と空間が拡大され、河の至る処で移ろう生態系をも包括し表現したサウンドスケープの連続体を、インスタレーションとして受け手への体験として促す──それが、本作が上質な音の記録を集約したサウンドマップたる所以であり、同時に河と云う物語の始まりと終り、新たな広い舞台への開放を呈示した作品だと言及しても良いだろう。数々の愉楽を生むテクスチャーの有り様を堪能するだけに留まらない、音を以て河を巡る生のレポートであり、音を依代とする想像の旅でもある。

 

ところで、アニー・ロックウッドは生年1939年。本作のリリースは2012年11月なので、当時73歳の作品ということになる。齢を重ねて尚この発想力と行動力には敬服せざるを得ない。

 

 

Annea Lockwood公式サイト。Compositionコーナーに本作を含む試聴あり。
http://www.annealockwood.com/

Discogs
https://www.discogs.com/ja/artist/216607-Annea-Lockwood

 

現代音楽家なのでこういう曲も作る。1983年作「Malolo」。

 

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