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Turing Machine

Turing Machine
チューリング・マシンとは、イギリスの数学者アラン・チューリングが1936年に提唱した、有限長のテープと読込用のヘッドで構成されるテープデッキのような仮想機械の通称である。
この仮想機械は、1バイト毎に区切られたテープの上をヘッドが走り、テープ≒メモリを書き換えることで本体のレジスタの状態を自動的に変化させる機構、有限性オートマトンを前提としている。チューリング・マシンは主に以下の5つのパラメータを用いて命令(プログラム)を受け自己変化させる。

qinit    現在のステート(イニシャル)
Q    ヘッドが現在位置するメモリのセルの値
Σ    Γ - {b} の部分集合で置き換えられた新しいメモリのセルの値(Γ…値、b…null)
δ    ヘッドの移動(インクリメンタル)
qacc    書換後のステート(アクセプト)
δ(q, a) = (q', a', m)    遷移関数。状態qでヘッドの位置の値Qがaの時、状態 q'としてa'に値Σを書込、ヘッドをm方向へδ(1つずらす)
※詳細はWikipedia参照のこと

例えばデータ 00110100 に対してビット反転を行い 11001011 としたい場合、ビット反転は以下のような遷移関数のアルゴリズムとなる。具体的な動作に関してはこのようなチューリング・マシンのシミュレータで実際に動かしてみると良いだろう。

δ(q0, 0) = (q1, 1, R) //q0が0であればq1の1に書き換えて右へインクリメント
δ(q0, 0) = (q1, 1, R)
δ(q0, 1) = (q1, 0, R) //q0が1であればq1の0に書き換えて右へインクリメント
δ(q0, 1) = (q1, 0, R)
δ(q0, 0) = (q1, 1, R)
δ(q0, 1) = (q1, 0, R)
δ(q0, 0) = (q1, 1, R)
δ(q0, 0) = (q1, 1, R)
δ(q0, n) = (qacc, n, R) // メモリのセルがnullであれば終端,実行停止

この例でも判る通り、実行時のヘッドは常に隣一つずつしか移動が出来ない。つまり読み書きがシーケンシャルになる為、ステートが膨大になるケースがネックになる。そもそも或る計算や数式を要素に分解し、自然言語を介さずアルゴリズムとして形式的理論的に動作・実現可能なものかを証明することを主眼としている為、実用的な機械設計を前提としていた訳では無い。チューリングは論理モデル証明の為に実際にACE(Automatic Computing Engine)という機械を製作してはいるが。
とは言え、チューリング・マシンがバイナリ処理でアルゴリズムを判定可能であること、プログラムをデータと同列に扱っていること、更にそれに着想を得て展開された──と目されている──フォン・ノイマンのノイマン型演算装置(中央演算部、制御部、記憶部、入力部、出力部で構成され、プログラムとデータを記憶部に配置してバイナリで逐次処理を行う)の構造と併せて、今日一般的なコンピュータのアーキテクチャーの礎となっている。
またここにきてgoogle傘下のDeepMindが、長期的な予測を伴う機械学習の一課題となる高効率なメモリ処理方法の一環として、ノイマン型コンピュータ上のニューラルネットワークに対して外部メモリを持たせ、そのRead/Writeにチューリング・マシンを使用する(Neural Turing Machine)、というぶっ飛んだ論文を発表したりもしている。

ちなみにチューリング・テストという用語もよく知られているが、こちらは内容が全く異なり、機械がどの程度それらしく振舞えば被験者は機械を人間のように思考している相手だと見做すか、という主にコンピュータサイエンスのAI分野で扱われる基礎知識である。

 

……といった専門用語の概要説明をわざわざ遷移関数まで書いてやりたかった訳では無い。薀蓄を肥大化させてどうする。本題はバンドとしてのTuring Machineだ。エモやポストハードコアを扱うJade Treeレーベルから2000年代にデビューし、不定期に活動しているNY発3ピース・インストバンドだ。
前身であるPitchblendeやレーベルの傾向から当初はポストパンクとか、或いは音色や多様なギターインストの傾向がTrans Amに似ていることから、シカゴ音響系のポストロックの括りとしても語られていたが、実態としてはマスロックの性質が強いサイケ/クラウトロックと捉えるのが妥当だろう。音楽的にはPitchblende当時から既に殆どTuring Machineとして出来上がっており、ヴォーカルの有無だけでここまで捉えられ方が変わるのも珍しい。
クラウトロックの統一性・反復性に加え、マスロック独特の変則的であっても総体としては整然としている(プログレのように自然言語的な奏法に準拠しない)アプローチ──それらはテープとアルゴリズムの関係であり、楽器はヘッドの役割を、タイトな演奏をするプレイヤー各々は機械本体を成している。特にこのバンドに関して言えば、確かにその音楽性がチューリング・マシンの構造に喩えることが容易であり、これ以上直截且つ絶妙な完成度で名が体を現すケースはそうそう無いだろう。

しかし惜しむらくは、リリーススパンが異常に長いことだ。1st『a new machine for living』から2nd『Zwei』まで3年、3rd『What Is The Meaning Of What』までは9年経過している。延べ18年でアルバム3枚だ。確かにこの3ピースになって以降、サイドプロジェクトのような立場で活動している方針なのはメンバーの経歴からも凡そ察せられる。ベースのスコット・デシモンは普段は料理雑誌の編集者、ギターのジャスティン・チャーノはDFA系のバンドでのセッションギタリスト(目立つ経歴がその程度なので実情とは言い切れないが)、ドラムのゲルハルト(ジェリー)・フックスは同じくLCD Soundsystem、Massive Attack、!!!といったDFA系バンドでドラムを叩いていた。但しフックスは残念なことに2009年にエレベーター転落事故に因り急逝してしまった。
3rdアルバムのリリースの契機は若しかするとフックスの逝去及び生前に収録済であった音源の蔵出しを含めた総括であるかもしれず、バンドの音楽構築に不可欠であったメンバーが居なくなってしまった以上、今後Turing Machineとしての活動は行わないのかもしれない。3rdのリリースから更に6年経過し、未だに次の音沙汰は無い。明白な回答はされておらず、従って実行中のアルゴリズムはテープのメモリセル上で何もしない処理を繰り返している状態にある。我々観測者は再処理のタイミング或いはqaccが出力される瞬間を気長に待つしかないのだ。再処理の契機が訪れることを願って止まない。

 

 

さりげなくプロデュースがジェームズ・マーフィーとティム・ゴールズワーシーのDFAである1st『a new machine for living』。レーベルはJade Tree。傑作揃いだが、トレモロでぶつ切りにしたGのルート上を変拍子で突き進む「robotronic」や「(got my) rock pants on」が特に良い。
ちなみにDFAの略称を仮に決定性有限オートマトン (Deterministic Finite Automaton)と受け取ると、チューリング・マシンの基礎が決定性有限オートマトンの性質を持つ点と被ったりして勝手に意味深な気分になれる。

 

2004年作の2nd『Zwei』。レーベルはFrench Kiss Records。プロデュースはShy ChildやAsobi SeksuやFriendly Firesを手掛けたクリス・ゼーン。4/4上でのポリリズムを活かした「Bitte, Baby, Bitte」や「Rock, Paper, Rock」のグルーヴ、これはもうNEU!だなと言わざるを得ない「Whodu Wudu」など、1stの雰囲気そのままにクラウトロックの印象が増している。残念ながらbandcampでの配信は無いのでロスレス音源の入手は不可。頑張ってCDを探すしか無い。

 

ジェリー・フックスの事故死に伴い、LCD Soundsystemのパット・マホーニーやデニス・マクナニー(Jee Day)らDFA所縁のミュージシャン、Yeah Yeah Yeahsのブライアン・チェイスのヘルプを経てリリースされた8年越しの3rd『What Is The Meaning Of What』。レーベルはMONOやenvyの海外ディストリビューションを行うTemporary Residence。
表題曲や「Yeah, C'mon!」「Slave To The Algorithm」など、ドラムが落ち着いた上にアナログシンセでのシークエンスが主体になったことで整然とした構成が増え、マスロック的なリフの展開や変拍子が大きく後退した。よりクラウトロックに傾いた感がある。特に空間系を活かした「Lazy Afternoon Of The Jaguar」は白眉。

 

キャリア初のリミックスEP『What Is The Meaning Of Remixes』。リミキサー陣は主にLCD Soundsystem関係者。原形を残した控えめなリミックスでまとめられている。「Slave To The Algorithm (Lovelock Remix) 」が、80~90年代PCMシンセ(ぶっちゃけ前半はYAMAHA DX7系、後半はKORG M1系)で固めていて新鮮。音色的にOneohtrix Point Neverが好みそうではある。

 

 

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