元々イギー・ポップのベルリン時代の音源は真面目に聴いておらず、デヴィッド・ボウイが『LOW』の直前に作った足掛りだとか、NINの「closer」のキックが「Nightclubbing」からのサンプリングだとか、そのリズム音源がRoland CR-78だったという程度の認識しか無かった訳だが、個人的には丁度Brilliant Live Adventuresシリーズを端緒にデヴィッド・ボウイへの回顧が再燃している機会であり、それならthe other side of LOWとしての面も有するイギーのこの時期の音源も併せて聴き直すべきではないか、という思いがふつふつと湧いていた。リマスター盤をアルバム毎に買うことを考えていた折、amazonの輸入盤在庫が何故か半額近い5800円になるタイミングがあったのでつい購入してしまった。実に良い機会であった。
内容は『The Idiot』『Lust For Life』『T.V. Eye 1977 Live』のリマスターに加え、シングルエディットとアウトテイクのコンピレーション、ボウイを帯同した1977年3月のライヴ音源×3枚の合計7枚で構成されている。付属の44pハードカヴァー・ブックレットは、ベースとして参加したローラン・ティボー(元MAGMA)の回想とトニー・ヴィスコンティの文句を軸にした『The Idiot』制作話、カーロス・アロマーのコメントを軸にした『Lust For Life』制作話、イギーをリスペクトするアーティスト(Killing Joke, Siouxsie And The Banshees, Depesche Mode, Duran Duran)のコメント、各曲クレジットで構成されている。
アウトテイクとライヴ音源に関してはデジタル配信されているので、特にボックスセット独自の音源が収録されていたりはしない。リマスターの音質に関しては無論従来よりも向上しているものの、もう少しメリハリは付けても良かったんじゃないかという印象は多少ある。『The Idiot』に関してはこの中低域の眠たさ加減が、『Lust For Life』ではこの低域の軽さがあってこそ忠実で良いのだという向きも理解はしているので、この辺りは個人的な嗜好の問題でもある。
肝心のライヴ音源の音質はどうかと言えば、多くのイギー/ザ・ストゥージズの乱発ライブ音源から凡そ察せられる通りで、まあこんなものだろうと妥協するような内容だ。
1977-03-07ロンドン公演は如何にもな当時のステレオオーディエンス録音で、他のディスクには収録されていない「Tonight」と「Some Weird Sin」の為にわざわざ選んだのではないかと邪推。1977-03-28シカゴ公演は、初期のマイク・ミラード・テープの質感に比較的近い程度。当初は何処かの馬の骨がエアチェックしたソースだと思ったのだが、そうだとしたら他にもっと良好な録音状態のソースが出回っている筈だし、このボックスセットへコンパイルする前に放送用プリマスターとかトランスクリプションを先に当たっている筈なので、リファレンス用としてPAコンソールすら通さずテレコで雑に録音したイギーの手持ちの音源その儘ではないかと思われる。
何れにせよ、ガレージロックの観点がある限り、録音状態としては粗めの方が寧ろそれっぽいと捉えるのが前向きで良い認識の仕方の一つであろう。ともするとザ・ストゥージズ時代からスタジオ盤の音質すら怪しかったことを鑑みれば大袈裟な問題では無い。
イギーのブートレグでも比較的有名な音源で、ハーフオフィシャルとしても既発だった1977-03-21クリーヴランド公演に関しては、録音状態がピンキリな『T.V. Eye 1977 Live』を優に超える安定のサウンドボード音源及びミックスであり(わざわざ曲間を別のブート音源とつなぎ合わせている)、寧ろ何故当時これをその儘ストレートに『T.V. Eye 1977 Live』としなかったのかが不思議なぐらいの代物。贅沢なメンバー及び楽器編成での「Funtime」などは勿論、「Raw Power(淫力魔人のテーマ)」や「Search And Destroy」の演奏の完成度、「Sister Midnight」や「I Need Somebody」の端正な泥臭さとでも表現すべきまとまりの良いパフォーマンスは、前述のような録音状態の音源では流石になかなか伝わってこない訳で、ボックスセットに於けるライヴ音源の対比として中々巧い。ついでにドラムがステレオ収録なのも更に良い按配だ。
但し残念ながらセットリスト最後の「China Girl」だけはブート若しくはリファレンスとして別途収録していた音源らしく、劣化ソース且つフェードアウトで終わっている。
『The Idiot』も『Lust For Life』も、Isolarツアーを終えて暇になったボウイがその大部分を作り上げてしまった故に、それこそ『LOW』や『HEROES』の側面と言われるぐらいクラウトロックかぶれ期ボウイ独特の癖が強く表れた内容であるのは今更指摘する迄も無い。しかし、その性質を多分に持ち合わせた作品が、スタジオワークの産物として鑑賞すべき対象から実演すべき対象へと変わった時、改めてイギー・ポップその人自身のソロ作品として輝かしく機能する。これらのライヴ音源には、その証左が浮き彫りになった状態を生々しく感じ取れる恩恵が存分に含まれている。ボウイの癖や存在感はシンプルな鍵盤演奏とコーラス程度にまで収縮し、対照的にイギーの潜み気味だった特質が存分に開放され、譬えパンク・オリジネイターと評されるあのイギー独特のパフォーマンスが目視出来ずとも、紛う方なきイギーの強烈な牽引に拠る産物だと得心出来るに至る十全な記録だと言える。
『The Idiot』『Lust For Life』の仕事から数年後、ボウイは活動の幅を広げ、RCAから離れたイギーはアリスタ契約時期の混乱もあって低迷した。その明暗を分けたのは、大方はイギーの一貫したプロデューサー気質の無さ加減(言い換えれば生粋のパフォーマー気質)ではあるが、根本的な原因はと言えば結局の所、ベルリンでの生活でドラッグが合ってしまったかそうでなかったかなのだろうなあ、という気がする。アメリカツアーやってた時はコカインが主流だったからキマりまくってたけどドイツはヘロインばっかりで全然合わなかったから脱却出来た、とボウイ自身も何処かで述懐してたしな。
ともあれ、堕落させ続けまいとボウイが手を差し伸べた方法が『Let's Dance』と『Tonight』で『The Idiot』と『Lust For Life』のカヴァーをふんだんに盛り込むから序でに曲作りも手伝えという業で、半ば勝手に印税を流しつつ『The Idiot』と『Lust For Life』を再評価の俎上に載せるという、実に惚れ惚れとするプロデュースをやってのけたのであった。BLを得意とした70年代デビューの少女漫画家達が若し当時それを知っていたら地団駄踏みそうなぐらいの嘘みたいな実話だ。
音楽的にも、まあ今聴くと実にベタな80年代ポップではあるのだが、例えば「Neighborhood Threat」のような原曲をああまでも80年代的シャレオツのアレンジに固めて時代に対応させた点でボウイ側の作品としても大いに称賛に値する。但しグラス・スパイダー・ツアーで主にカヴァーしていた「I Wanna Be Your Dog」はめちゃめちゃダサかったのであれだけは無しだ、あれは間違い無くイギーまたはザ・ストゥージズでなければ駄目なのだ、ということだけはきちんと明記しておかなければなるまい。
イギー&ボウイの貴重な映像。「Sister Midnight」の前フリでジャケの真似をするイギーがかわいい。単独で充分過ぎる程有名なアーティストである筈のボウイがイギーのバックバンドに徹している、という対比的な異彩を放つ構図はさぞ度肝を抜かれたのではなかろうか、と勝手に想像する。
直接関係無いけどメタリカと上着を脱がないイギー。