米国には音楽近代化法(MMA…Music Modernization Act)という、1972年以前のレコードに関して現在入手困難であれば、それを収蔵している図書館は公共物として公開することが可能、といった主旨の改正著作権法がある。恐らくCLASSICS Actに基づく公衆送信権の解釈として、その電子化ライブラリの場所を意図的に請け負っているのがINTERNET ARCHIVEであり、ソースの提供は主にボストン美術館や有志が行っている。
Unlocked Recordings - INTERNET ARCHIVE
ざっと見てみる限りクラシックのLPが多数を占める中、オールディーズ、ジャズ、ラテン系音楽、サウンドトラック、中華ポップス、演説記録といった如何にも著作権の所在が不明そうな物で溢れている。クラシックに関しては、フルトヴェングラーはまだしもオーマンディやバーンスタイン指揮の音源があったり、ジャズではジミー・スミスやデューク・エリントンがあったりと、いやその辺りは流石に近年CD化されているのではないか、としか思えない代物も程々に公開されていたりして、コンテンツ単位で言えば割と法的に怪しいケースもある(youtubeはどうなのだという話はこの際棚上げする)。原盤権と演奏権のような著作隣接権に関して言えば実演翌年から50年経過すれば有効期間から外れるが、少なくとも不定期にリイシューされている初期ディープ・パープルのロイヤルフィルとの共演『Concerto for Group and Orchestra』なんかはアウトだろうと思う訳だが…。
さてここまで膨大なアーカイヴとなると、得体の知れない中華ポップスやジャケの面白さだけで選ぶ中古LPディギングあるあるでもやりたくなってしまうところではあるが、矢張りアフロジャズやラテン系音楽の充実振りを鑑みたレアグルーヴ発掘一択であろう。何もThe Incredible Bongo Bandだけがヒップホップのこれ系の聖典で無くても良い、他にもレアグルーヴ単体として、或いは音ネタとして秀逸な音源の一つや二つはこのアーカイヴの中にあっても良い筈だ、或いはそうでなくともジム・サールウェルが思わずSteroid Maximusを再開させてしまいたくなってしまうであろうネタがある筈だ、といった考えに拠る。
The Savage And The Sensuous Bongos / Don Ralke Orchestra
そういう訳でトップはこいつだ。逡巡せずbongoで文字検索して最初に引き当てた私の圧勝だ。ボンゴの空気感が当時のハイファイな音質そのものな具合でとても耳触りが良い。且つネイティヴアフリカンの音楽では無く、映画の劇伴のようになんちゃってブードゥーみたいな寄せ方にしているのが寧ろ好感。例えば「Poison Dirt」や「Zulu Magic」なんかはSteroid Maximus楽曲だと言い張ってしまったら大概騙せそうな近さがある。しかしレーベルがWarner。普通にCD化されているし、音源配信もされている。どう考えてもアウトとしか思えない案件である。
ドン・ラルクは当時職業作曲家寄りのアーティストで、どうもワーナーの企画としてこれらに携わったらしい(英語版Wikipediaで読んで得た程度の情報)。誰が何処でボンゴを大々的にフィーチャーしようと目論見たかが結局不明なのだが、1960年と言えばアート・ブレイキーに代表されるようにアフロジャズが俄に持て囃された時期でもあり、アフロジャズ且つボンゴ推しでいこうぜ、というのは至極自然な流れである気がする。
But You've Never Heard Gershwin With Bongos / Don Ralke Orchestra
またしてもドン・ラルク。ド直球なアルバムタイトルの通り、ガーシュウィンの数々の映画音楽曲にボンゴを足してアフロジャズにするという中々のネタ物。ガーシュウィン本来の端正さやラグタイムの味わいは一体何処へ、と言いたくなる変換振り。例えばフレッド・アステアが歌うのを本来的なものとする「A Foggy Day」に於けるスウィング/シャッフルの解釈が(主に意気揚々とボンゴがハネる事由で)ちょっとずれるだけでめっちゃアフロ化する事態には、膝を叩いて感心すればいいのか爆笑しつつ裏拳で突っ込めばいいのか一寸リアクションに困る。ともするとガーシュウィンも助走つけて殴るレベルではなかったのかと余計な心配すら湧く。
まあ何だ、いやーそりゃそうだろうよこんなもん…と言いたくなるアルバムタイトルやジャケの間抜けさ加減も鑑みれば、至って真面目にネタ物を作った、というのが実態なのかも知れない。勿論確証は無いが。兎も角私は大好きだ。
Afro-Jaws / Eddie "Lockjaw" Davis
これもタイトルから判る通りアフロジャズ。カウント・ベイシー楽団在籍時から矢鱈主張の強いテナーサックス奏者として名を馳せたエディ・ロックジョー・デイヴィスのリーダー作。確かにアタックとかブロウはあんまり聞かない類の強さだった。参考として試しに「Angel Eyes」を聴いてみたら、この曲調でこの音の太さかよ、と思ったぐらい確かにくそ主張が強かったので確かにそういう評価のサックスプレイヤーなのだろう。本作では元来アクの強いアフロジャズであることによって好い具合のシナジーが齎されたのではないか、という印象になった。ディジー・ガレスピーの「Tin Tin Deo」をこう解釈するのは格好良いな。
Afro-Bossa / Duke Ellington And His Orchestra
ええーデューク・エリントンもアフロジャズに手を染めたことがあったのか、という驚きの一作。全然知らなかった。Bossaをどういう意味合いで受け取るかにも因ると思うが、アフロジャズとして捉えようとすると、有名所では最も突っ走っていたアート・ブレイキーのそれには至らない一種の優しさ、というかラウンジ感がある(但しボサノヴァ的なラウンジ感覚とは違い、ラテンとかチャチャのような)。悪く言えば企画物に雑に乗っかったのではないかというどっち付かずさ加減ではあるものの、表題曲や「Moonbow」「Sempre Amore」「Bonga」あたりはラウンジにもハードバップ文脈にも引っ張られずに独自路線が出ていて結構頑張っている印象。
African Rhythms: The Exciting Soundz Of Guy Warren And His Talking Drum / Guy Warren
判り易い日本語空耳の宝庫。ネイティヴアフリカンのイディオムに極めて近い曲調にしては現地録音で無くしっかりスタジオ録音した音になっているので、現地のミュージシャンを起用して作ったのだろう、と考えたのだが、ガイ・ウォーレン自身が他ならぬガーナ人だった。しかも本人がヴォーカル、パーカッション、フルート、ピアノを演奏している。デモテープのような隙間の多さ加減が寧ろプリミティヴ且つPublic Image Ltd.のようなニューウェーヴ的な好印象を受けてしまう。
余りにアフリカン過ぎた所為か、はたまた終盤のドラムソロが余りに長かった所為か、アフロジャズ全盛の1962年リリースでも大して売れなかったらしい。確かに今尚CD化すらされていない模様。これは実に勿体無い。
ちなみに同じく1962年リリースのアート・ブレイキー『The African Beat』の「Love, The Mystery Of」で作曲者としてクレジットされている。
Zungo! / Babatunde Olatunji
1960年の『Drums Of Passion』で一躍アフロミュージックの嚆矢となり、コルトレーンやマックス・ローチ、ホレス・シルバーとも活動したババトゥンデ・オラトゥンジの2nd。ちゃんと作り込んでいる的な意味合いでのトラック毎の完成度で言えば、上記のガイ・ウォーレンよりも上。『Drums Of Passion』と系統は同じ筈だしクオリティも充分高いのだが何故かこちらは全くリイシューされていない。当時だと矢張りジャズかラテン音楽の文脈から攻めないと世間から見向きもされなかったということだろうか。
Percussion / Warren Benson with the Ithaca Percussion Ensemble
アフロドラムとは全然違う西洋音楽的な構築だし、楽器がそもそもオケのパーカッション大集合なので、ああこれはクラシックの文脈で書かれた物だろうということで調べてみたら、ウォーレン・ベンソンはクラシック界のパーカッショニストだそうだ。Ithaca Percussion EnsembleはオーストラリアのIthaca Collageの演奏グループと何か関係あるのか、一寸詳細不明。クセナキスの『Pléïades(プレイヤード)』に対するストラスブール・パーカッションズみたいなものかと強引に結び付けてみたりする。
「Afro-Fuga」のような露骨にアフロ寄りな楽曲もありはするものの、矢張り全体通してクラシカルであり、特に後半の「For Percussion Quartet」などは如何にも現代音楽の系譜を感じる構成で良い。これもオリジナルのリリース以後は全くリイシューされておらず、些か勿体無い音源。
Mad Drums / Rolley Polley
タイトルで言い切っているほどマッドでは無く、底抜けに明るい。曲名に直球でサンバとかルンバとか入っていたり、「Shifty」のようなごく普通のスウィングジャズもあり(当時のロックンロール寄りの音のギターが入っていてこれはこれで良い)、バリエーションの豊富さでは何と言うか当時のTVドラマの劇伴みたいな色彩がある。でも「Bangkok Beat」とか言ってるけど絶対バンコクでそんな土着リズムのイディオムなんて存在しないとおもいます。
そんな中で、曲の最初と最後だけオルガンスウィングで後は全部ボンゴソロ熱演というまるでツェッペリンの「Moby Dick」とか「Whole Lotta Love」の先駆のような「I Ain't Mad At You」が出色の出来。「The Big Brush」もドラムとの掛け合いが入る程度で大体同じ構成だが、前者の方が頭一つ突き抜けている。
Bongos Featuring Los Muchachos Locos / Los Muchachos Locos
まあ普通にボンゴをフィーチャーした明るく楽しいラウンジだな、という企画物ではあるが、これの面白さは矢張り豪快に音をLRに振りまくるようなステレオ録音面白いですね感がびしびし伝わるところ。普通にセンターから始まる曲の方が少ないというね。楽しかったんだろうねえ。録音状態それ自体充分に良いし、「Night And Day」や「Summertime」のように演奏の出来も良いので、何かの大量リイシューの拍子にうっかり紛れ込んでしまっていてもおかしくはないんだけどな。
"In" Motion / (The Exciting Piano And Rhythms Of) The Quartette Tres Bien
クァルテット・トレ・ヴィアンの1966年作。ピアノトリオに加えてコンガ/ボンゴ担当がいます、ぐらいの温度感で、アフロジャズの範疇ではあるもののその傾向は薄め。しかしあろうことかとんでもなくピアノが良い。ジャズピアノの技巧には走らずピアノ曲の演奏のような感触で譜面通りに弾いているような素直な印象がありつつ、尚且つ楽曲は「Bad People」や「Charade」のように、ラテンに走らずあくまでジャズのイディオムに忠実、という抜群のバランスの良さ。レイ・ブライアントから泥臭さを抜いてリリカルな面だけを強調しまくったらこんな感じになるだろうか(表現力の乏しさ)。「For Heaven's Sake」の美しさと「Saint Sylvester」の野蛮さに至ってはバド・パウエルの匂いすら感じる(表現の乏しさ再度)。「Bad People」は構造的にも変態。これは……いやこれなんで名盤扱いされていないんだ??
本作は近年一瞬だけ日本国内でCD化されたようだが残念ながら入手困難だ。惜しい。その他アルバムはそこそこ今でも入手は可能であるようには見える。このバンドは大変気になる。
Africa '68
ああこういう完全に西洋音楽に煽られ揉まれまくった結果の端正なアフロ感も味わい深い。オールディーズの企画盤には大概収録されているトークンズの「The Lion Sleeps Tonight(ライオンは寝ている)」みたいな。これをアフリカと言い切るのはどうかというタイトルの他、バンドやアーティストのクレジットが一切無いので調べてみたら、ヒュー・マセケラというホーンプレイヤー主導だそう。ジャズ人脈のアーティストとは言え、南アフリカ出身という経歴からして、この西洋文化とアフリカ文化が混交した感じで作ったのは至極自然な流れだったのだろうなあと想像した。これも主力となるアフロコーラスは勿論、楽曲それぞれが作品として大変しっかりした作りなので、結局当時ジャズ要素が無さ過ぎた故に今日までリイシューされずに埋もれているのだろうなあと思った。
Road Show / Stan Kenton And His Orchestra; June Christy; The Four Freshmen
番外編1。レイモンド・ワッツが『Praise The Lard』で大いに使い、且つSteroid Maximusにも持ち込んだ音ネタの一つが正にスタン・ケントンで、リズムが大仰なビッグバンドという点で実際音ネタとして結構使えてしまう訳だが、こちらはヴォーカリストとのコラボ主体ということもあってか、バックバンドに徹していて大人しめ。ジャズコーラスの大家The Four Freshmen(初代)とのコラボ、しかも「Angel Eyes」なのが実に素晴らしい。「Angel Eyes」と言えば普通はシナトラなのだろうけども、個人的にはフレッシュメンとレイ・ブライアントを推したい。
Ballet Mecanique / Signs And Alarms / Galaxy 2
番外編2。坂本龍一でも津原泰水でもない、フェルナン・レジェの同名映画の為に作られた、ジョージ・アンタイル作曲の本家バレエ・メカニック。元祖MV。殊に本家はなかなか聴くことが無かったりするので、こういう機会で掘り出せたりすると大変有難い。私も今回初めて全て通して聴いた。不協和音多めのピアノ主体の曲とは言え、割と調性はしっかり残っている。この音源だと特にマリンバが表に出ているのでメロウな印象が強い。教授が同名曲よりも寧ろ『Esperanto』をこれ系の非調性&リズム重視のコンポジションでまとめた理由が実によく判る。この曲調に興味を持った人には、教授と同じ東京藝大つながりである伊福部昭の「リトミカ・オスティナータ」もお勧めしておきたい。
余談だが教授の同曲の槇原敬之カヴァー版も良い。メジャーデビュー前。
STEREO TEST RECORD for Home and Laboratory Use
番外編3。1963年の、ステレオ定位チェックの為の試験音源。ステレオテストだとこれだけジャケにでかでかと書いてあるにも拘らずモノラルのレコードプレーヤーから録りやがったな、という突っ込みは扠措き、何故か乱数放送を聴いているかのようなイリーガルな味わい深さがあって良い。
Marches, Songs, Speeches Nazi Germany - WW II Hitler's Inferno - Vol. 2
番外編4。軍歌やヒトラーの演説を含めたナチスドイツの記録音源、という内容もさることながら、恐れもせずハーケンクロイツを据えたデザイン。こういう音源に対してこそ正にINTERNET ARCHIVEの面目躍如であろう。