今年6/23に96歳で大往生した渡辺宙明。遠い昔に着メロデータ制作を仕事としていた時分、渡辺宙明作の特撮曲を作るとなれば我先にの勢いで担当したり、自作曲の他はゲーム音楽カヴァーが圧倒的に多かったKORG M01では宙明曲をカヴァーする(8トラック12音ポリの上にメモリが少ない仕様なので実質的にやってることが着メロデータの制作と変わらなかった)ぐらいには好きな劇伴作曲家だった。M01伝てで当時付き合いのあった作編曲家氏とも、宙明曲って実はむちゃくちゃ格好良いよね、などと話していた記憶がある。
当時のアニメ・特撮系の劇伴作曲家と言えば菊池俊輔や渡辺岳夫も双璧であったが、豪快なブラスに加えてマイナーペンタトニックを多用したフレージングという他には無い独特の悪っぽさ(正義側の曲なのにだ)が、何ともハマッたのだ。若い時代には息を吸って吐くかのように悪意を醸し出す楽曲を量産し、中期以降は柔和且つ端正な方向へ進む傾向など、プロコフィエフと同じ匂いしか感じない。それがいいのだ。
他では聴けないレアグルーヴ、サンプリングネタとして思わず活用したくなるフレーズが発掘し放題という愉しみも勿論ある。例えばThe Incredible Bongo Bandは曾てヒップホップから90年代ビッグビートまであらゆるジャンルからサンプリングされたが、この流れから誰も70年代宙明劇伴(特にキカイダー、スパイダーマン、ゴレンジャー)まで行き当たらなかったのはサンプリング史に於ける敗北の一つだとすら言い切っても良いぐらいである。ベックの楽曲ネタですらロボコン≒菊池俊輔までしか辿り着けなかったのだ。
そういう訳で以下15選。キカイダーが多いのは、このキャリア初期の劇伴が傑作だと思っているからだ。スタジオミュージシャンの演奏は大分雑ではあるが最早それがまたいい。
石ノ森章太郎によるキカイダー自体の原作ストーリーも当時にしてはかなり手が込んでおり、主人公ジローの良心回路の有り様を巡って最後の最後にとんでもなく転回する。OVA版がその原作に寄せているのでお勧めしたい。そう言えば以前の職場の同僚が芸名で某登場キャラクターのCVをやっていたと私にうっかり白状していたが、まあどうでもいい話。
戦え!人造人間キカイダー
宙明特撮ソングでは第一位に挙げたいオーケストレーションの盤石さと格好良さ。故にヴォーカルを抜いても何ら問題無く楽曲として完全に成立する程の完成度を誇る。エンディングテーマ扱いなのが俄に信じ難いテンションではある。ヴォーカルパートをトランペットとギターに置き換えたInstrumental Versionでは別テイクを使用しており、実はそちらの方が(特にギターの)テンションが高め。別ver作りに於ては当然ながら映像の尺の都合と現場判断に左右されるが、雑にテープ切り貼りをせず予め計画的に別録りしているパターンも多い。
アクションII (M-2-1T2)
宙明作品屈指のナイス昭和レアグルーヴ。曾てこれをしっかり聴きたいが故に『SPECIAL COLLECTOR'S EDITION 人造人間キカイダー/キカイダー01』を探し回ったぐらいにはお気に入りの曲だ。リズム隊からCmブルーススケールを縦横無尽に動くメロディーに至るまで、全パートが頗る熱い。他のヴァリエーションとしては「アクションI (M-2-1T1)」「追跡・サイドマシン (M-2-2)」もある。M-2-1T1はM-2-1T2の別テイクで、演奏がより雑。
キカイダー登場 (M-1)
バトルシーンで主に使われていたらしい変則的な展開のスリーコード曲。上記「アクションII (M-2-1T2)」とは楽曲番号が異なるものの、実質的にはヴァリエーションと言っていいぐらいには近い。相変わらず演奏は雑なのだが、ワウギターのコードの取り方、ドラムのフィルイン、ベースリフのテンションが良い。宇宙戦艦ヤマトの戦闘シーンや、ボブ佐久間によるガッチャマンの殺人音楽と相通じるものがある。
暗闇の機械帝国 (五刑M-24)
実際にはキカイダー以前に作られた『五番目の刑事』からの転用。アフロ宙明。ボンゴ、ビブラスラップ、カリンバ、ベース、ギターという当時かなり異色のアンサンブル。しかしよくこんなのyoutubeにあったな。
マジンガーZ
イントロがどう聴いても悪シリーズ。リフから構成まで非常によく似ている『キカイダー01』の方が諸々安定しているが、矢張り定番ということで。コードが若干ジャズ寄り。初期作品でジャズ寄りのコード進行が屡々見られるのは、團伊玖磨だけに留まらず渡辺貞夫にも教えを請うた影響かも知れない。多分。
実はパイルダーオンの後の下降コードパートではスネアを叩かず、2,4拍のアタックをオープンハイハットで賄っている。曲が最も盛り上がる箇所なので聴いている分には気付きにくい。
秘密戦隊ゴレンジャー
イントロがどう聴いても悪シリーズ。コーダも然り、ピアノがベースとユニゾンしたらもう駄目押しではないかという気すらする。悪辣な印象に関しては終止の直前に不穏なコードをよく挟む傾向もあるなとふと気付かされた。
いさおコーラスの圧と衝突しないようにする策だとは思うが、本来的にはコードの強調やカウンターメロディーやオブリガートの役割を果たすブラスの大部分がヴォーカルとユニゾンしており、メインメロディーがよりキャッチーになるよう仕立てているのが特色。スキャットに関しては、強い語感を、ということでこの曲以前も屡々活用していた。状況によっては勝手に付け足していたとの発言もある。この曲に於けるバンバラ…のインパクトは殊更強い。
当然のことながら劇伴ではOP,EDのヴァリエーションが多く、特に「新たなる翼、バリドリーン (II M-4-2)」や「真赤な大勝利 (IIM-10-2)」のグルーヴは推しておきたい。
ゾルダー襲来 (M-20)
これでこそ宙明だと言える悪の音楽。The Electronic Concept Orchestra『Moog Groove』のようなモンドにも匹敵する良質レアグルーヴ。ゴレンジャーの劇伴では特に、ビヨビヨしたミニモーグの音色もさることながら、フルートをかなり積極的に使用しているのでサイケ感すら滲み出る。フルートを活用しているのは「スパイアクション要素のある特撮だから」という公式見解が何処かにあったが、成程と納得する一方、敵味方双方認識し合っているのにスパイ活動…?みたいな気持は禁じ得ない。
ゴー!戦闘開始 (II M-2-2)
戦闘向けの劇伴なのだが矢張りどちらが悪なのか判らなくなる曲調。大半はオクターヴユニゾンしているブラスセクションのキーが低い所為。何故わざわざこれを選んだのかと言えば、キカイダーの劇伴に似ているという理由だけだ。ゴレンジャーの劇伴は全体的に、ピアノが「力石徹のテーマ」ばりに良い仕事をしていると思う。スパイダーマンでも参加していた松岡直也かもしれないが調べてない。
戦えイナズマン
イントロがどう聴いても悪シリーズ。まあサナギマン(イナズマンになる前の第一形態)からしてどう見ても悪だしな…。『進め! ゴレンジャー』然り、余りにも悪過ぎると中盤以降で取ってつけたようなメジャー進行が展開される宙明マジック。キカイダー、マジンガーZと同年代の楽曲につき楽曲構造、使用楽器、音質が似通っている。
駆けろ!スパイダーマン
「spiderman!」「change leopardon!」だけイイ感じの発音に寄せて権利モノ感をアピールしている、かどうかは知らんが、本家マーベルも思わず逆輸入した程の特撮史上最強秒殺ロボ・レオパルドンが出てくる方の特撮版。アフロ宙明。
フロアタム乱れ打ちを基本にボンゴ、ウッドブロック、マリンバで民族感を出しつつも、当時目新しかったエレタムを盛り込むことでSF感の演出も包括する。無論それだけには終始せず、Bメロ以降の展開ではエモいストリングスでしっかりとカウンターを縫い、特撮ソングオープニング曲としての強度を十全に高めている(そしてそのパートでしっかり変形特撮を当てる様式美が男の子魂をくすぐってまたいい)。
前年の「ジャッカー電撃隊」も全く同様の構造。
アドベンチャー オブ スパイダーマン (D-2)
関係者全員がなんとなくスパイダーマンをターザンの亜種のように見ていた節がありそうなのは扨措き、ボンゴとマリンバを多用するスタイルから、スパイダーマンの劇伴もまたグルーヴ度数がかなり高い。テーマ曲のヴァリエーションは当然いい感じのグルーヴが目白押しである。
だがここでは敢えてそうでない曲調を挙げる。マリンバとスティールドラムとゴングで瞑想的な音響を作り、それを劇中の不穏さに当てられるよう転化させている。敢えて表現するならガムラン宙明。まあ様式としては全然ガムランでは無いのだが。宙明当人も特に土着の民族音楽に寄せる気は毛頭無く、劇伴としての音楽的な表現の為にプリペアード的な…と言うか当時の音効の発想に根差した奏法を用いており、それが結果的にユニークな出来になったという顛末である。「復讐の誓い(C-1)」も同様の雰囲気。意欲的なアプローチであり、この系統は他の宙明サントラではなかなか見当たらない。
ちなみにスパイダーマンの劇伴『Eccentric Sound Of Spidarman』は、実質的には宙明作品で初めてリリースされたサントラ。
宇宙刑事ギャバン
一番最後に脈絡無くタイトルを付けるなど、歌詞が色々と味わい深い初代メタルヒーローOP。80年代以降はベタなマイナーペンタトニックは抑えめになり、当時ニューミュージックなどと呼ばれた80年代ポップの様式に寄せた作りが軸になった。この曲では特に当時のディスコミュージックを下敷きにしている。緩くVCFを開閉させるシークエンス、三味線をオケヒのように使う潔さがサウンド面の特長。
ところでギャバンでは「宇宙毒ヘビ」が個人的には物凄いパワーワード感があって好きだ。「宇宙↓毒ヘビ→」という正宗一成独特のイントネーション、宇宙の何処が生息域なんだよ、などとは絶対に突っ込ませない生態系のスケールのでかさ加減が非常にいい味を出している。スペースマイケルみたいなノリだ。
苦戦・襲撃II (B11)
リアルタイム世代には勿論ギャバンダイナミック(ダイナミック何なんだよと今更ながら形容詞に対して突っ込みたい)、スパロボが隆盛していた比較的後の世代に対してはダンガイオーとかサイキック斬と言った方が通じそうな、通称・レーザーブレードのテーマ。
軍隊マーチ式の16ビートスネアに半音階で上下するストリングス、圧の強いブラスセクションによる下降ルート、展開部ではカノン進行を経てCからCmへ戻る、というゲーム音楽のように美味しい要素を短い尺に凝縮した構成が特長。これでレーザーブレード(※蛍光灯)を振り回されたとあってはハートを鷲掴みにされない男の子が居ない訳が無いだろう。
ギャバンを皮切りにメタルヒーロー三代に亙ってヴァリエーションが作られた為、中期以降の新たな渡辺宙明アイコンとして好事家には認識された。
見よ!!ゼンカイジャー
宙明39年振りの戦隊シリーズの劇伴にして晩年の仕事の一つ。而してどう聴いても戦隊モノ宙明を感じざるを得ない楽曲。各所のデュレーション具合やドラムパートの独特の印象からマニピュレーターは共作者の大石憲一郎と思われる。敬愛する職人の一人である。
作編曲家・マルチプレイヤーとしての大石氏とは仕事上の面識は皆無だが、ガジェットミュージシャンの先駆者koishistyle氏とは一時期よく仲間内交えて楽しく遊んでいたりした。私を某位置ゲー沼へ叩き落とした張本人なのでその節は御礼申し上げたい(拳を構えながら)。氏はその頃から戦隊モノ並びに宙明氏との関わりがあったと記憶しているが、後々本件のように共作者として同じ立ち位置に並んだことは全く以て素晴らしく、世代継承のようでもあり、公式発表された時は心中自分のことであるかのようにとても嬉しかった。
ザ・ボディーガード
千葉真一主演のドラマのメインテーマ。ブルース仕立てにつきエレピの弾きぶりが良い。特撮とは違い実写ドラマの基本に忠実なテーマ曲ではあるが、メロをVCOユニゾンさせたリード(ベースと音域が被るオクターヴ下を矩形波にしているのが一寸面白い)にする点が、かなり早い段階でミニモーグを多用していた当時の宙明らしさを感じ取れる。特に当時の劇伴では虚仮威しに使いがちなシンセを、メインテーマであるとかジャンルどうこうに関係無くリード楽器として他の楽器と同列に使うことに躊躇いが無い。