ADD VIOLENCE / NINE INCH NAILS
NINにしては珍しく大凡予告通りにリリースされた、EP三部作の二作目『ADD VIOLENCE』。端的に言えば最近のNIN、HTDA、サントラ仕事の三者それぞれの良いとこ取り+歪み要素と云った内容で、前作『NOT THE ACTUAL EVENTS』よりEP全体としての軸はしっかり筋が通っている印象。
歪ませ方やそれに対するテクスチャーの様相に関しては、『the downward spiral』~キース・ヒルブラントが在籍していた時期(特に『QUAKE』サウンドトラックやボウイの『I'm Afraid Of American』リミックスEP)に於ける偏執的な迄のサウンド・プロダクションからは考えられない程安易だけども、歳と共に、の一環だと納得しても良いと思っている。
安易とは書いたが、手を抜いた結果の産物とは意図を異にする。「NOT ANYMORE」に於ける、『THE FRAGILE: DEVIATIONS 1』では収録しなかったアウトテイクの再構築だと嘯かれてもすんなり信用してしまいそうなサウンドは、古くからのNIN信者からしても合点の行くものであるし、突如BPM&ビートを豹変させる構造はこれ迄に無かったアプローチなので、目新しさも併存している。
「THE BACKGROUND WORLD」中盤以降で徐々にディストーションを加えていく過程は、音作りの面で言えば単にリミッターを噛ませた上で歪ませるだけなので、ミックスまで含めて音楽を作った経験のある身からすると安易な印象しか受けないだろう。「closer to god」のように勢い良く振り切ってもいない。しかしそれはあくまで手段としての印象であり、また大概この手の加工は制作中の作り手のプライベート且つ特権的な体験に留まるものでもあり(故にこれが正式なトラックとして採用された点だけでも非常に興味深いことだとは言える)、実際にそこ迄の時間を掛けて楽曲に施すかと言えば先ず殆どやらないことでもある。少なくとも若い頃のトレント・レズナーであれば先ず絶対に表へ出さなかった類のものだ。
その7分半に亙るサウンド変貌の過程、ディストーションに依って一つのテクスチャーにまとめられたトラックが変質していく様相を仔細に聴くことは、音楽に於ける能動的な楽しみ方の一つだし、プレスリリースでも触れられていた“incorporating elements of beauty into the dark dissonance”と云う発言の一例を体感し得る恰好のフレームだとも言えるかもしれない。背後の世界から滲み出るもの、眼を逸らすには難しいものの表現として。
そして、先行してリリースされた「LESS THAN」、これの異質さは掘り下げなければ如何無い。最早ニューウェーヴと言うかニュー・オーダー好きを隠そうともせずあの当時の80年代感を全面に出していた。ディケイとリリースが殆ど無い堅いキックとその打ち込み方、延びたテープのように態とらしく周期的にチューニングを外したシークエンスパターンからして、80年代を意識した以外の何物でも無い。だが勿論、NINなりの現在形に解釈した上での話であり、楽曲構造を始め、ストレートでフィジカルな曲調、歪ませた上でリバーブで背後へ飛ばしたリードの厚みや存在感なんかは非常に今のNINらしい。
PVに関しても、Twitterで作者に直接DMして使用許可を得たというPS4版Polybiusを全面的に使用しているのは、正にその意図以外の何物でも無いと断言して良いだろう。Aメロの矩形波ベースが1オクターヴ高く、メロの代用にもなり得る節にも当時のアーケードゲームらしさがあるし(80年代初頭のゲームで使われる音源はPSGが主軸であり、ゲームセンター内でBGMの通りを良くする為にオクターヴ上げるのはよくある手法だった)、Polybiusそのものに関しても元を辿れば80年代である。
但し、此処で一点面白いのは、Polybiusは北米ゲーム史に於ては都市伝説とされている事実だ。1981年にポートランドで極めて短期間のみ設置され、ゲームをプレイした者が起こした幻覚や記憶喪失といった影響をデータ化して所謂Men In Blackが跡形も無く回収した筐体だと云う大筋である。MIBが出てくる時点で諸々推して知るべしであり、PS4版Polybiusに至ってもプロモーションとしてその都市伝説をしっかり援用しているぐらいだが、「LESS THAN」はそのPolybiusに乗せながら、we didn't even notice, we awake in a place we can barely recognize, hypnosis等と綴り、歌う訳だ。例えばPVの合間に挟まれる無表情なプレイヤーのカットは詰まる所その辺りに即した表現だ。
歌詞だけ焦点にする限りでは「THE HAND THAT FEEDS」同様に現政権への揶揄を軸にしたであろう印象を受けるが、権力が民衆に対して何を施しているか、或いは何を無視しているか、と云った陰謀論的なアプローチを基底に、かのPolybiusを持ち込んだ意図に就ては意識すべきであろう。『year zero』以降先鋭化されてきたテーマの一つでもあり、PV内にもオブジェクトの一つとしてその象徴とも言えるThe Presenceが現れていたりもする。ゲーム好きなトレント・レズナーのことだから、恐らくPolybiusそのものの逸話に関して元々知っていた上で起用し、あれこれ絡めたに相違無い。
『ADD VIOLENCE』はデジタル配信の他、歌詞とクレジットを含めたB5サイズのアートワーク集Physical Component、12インチがオフィシャルストアで取り扱われている。CD版は『NOT THE ACTUAL EVENTS』含めて別途ディストリビューター(恐らくColumbia)経由でのリリースとなる模様。発売は9月。
https://store.nin.com/collections/music