The Disaster Area (3она бедствия) / Yannick Dauby
台湾在住のニース(フランス)出身サウンドアーティスト、ヤニック・ドビに依る『The Disaster Area』。本作はエクスペリメンタル/フィールドレコーディング作品では珍しく、既存作品を軸としたコンセプトがあり、『結晶世界』でお馴染みのSF作家・J.G.バラードが1967年に書いた連作集『The Disaster Area』にインスパイアされた作品としている。
『The Disaster Area』原書は「あらしの鳥、あらしの夢(Storm-bird, Storm-dreamer)」「集中都市(The Concentration City)」「無意識の人間(The Subliminal Man)」「甦る海(Now Wakes the Sea)」「マイナス1(Minus One)」「ミスターFはミスターF(Mr F. is Mr F.)」「恐怖地帯(Zone of Terror)」「69型マンホール(Manhole 69)」「ありえない人間(The Impossible Man)」の9編を収録した短編集であり、洋書でしか刊行されていない。全てを網羅するには『終着の浜辺』『時の声』『溺れた巨人』等の文庫本か、『J.G.バラード短編全集』5冊分を揃える必要がある。
本作が配信されているbandcampのページでは「集中都市」からの引用があり、これに関しては創元SF文庫『時間都市』に改題前の「大建設(Build-Up)」として収録されている。空間単位での土地所有が定められ、上下左右に延伸する階層構造となっている巨大な立体都市で、主人公フランツ・マトスンが大規模拡張工事の様子を眺めている場面である。『The Disaster Area』の他の短編は精神構造に或る状況や仮定を課して書かれる内容が多いので、まあ、作品の発端となる情景や大筋としてはこれが中心と言えるのだろう。
"Eight hundred feet below him unending lines of trucks and rail cars carried away the rubble and debris, and clouds of dust swirled up into the arc lights blazing down from the roof.
As he watched a chain of explosions ripped along the wall on his left and the whole face suddenly slipped and fell slowly toward the floor, revealing a perfect cross-section through fifteen levels of the city."
(八百フィート下のところで、はてしなくつづくトラックと軌条車の列が、砕石や岩屑を運び出していて、屋上から照射するアーク灯の光に、砂塵の雲が渦巻いていた。
彼が見下ろしているあいだにも、左がわの岩壁に、爆発音が連続してとどろいて、壁面の全部がゆっくりと落下していく。そしてそこに、この都市の十五階層にわたる横断面が完全な姿をさらし出すのだった。)※宇野利泰訳
本作『The Disaster Area』は2パート(1曲20~30分)に分かれている。Part1は、地面を引き摺られるコンクリート、プラスチックの上に落とされ転がる石礫の音を軸に、節々で打たれるサントゥールのような音や倍音の強い金属音が警鐘の如く鳴り響いたり、或いは割れ気味の電子音が意味ありげに発振したりする。背後では排気口の反響音のようなノイズドローンがうっすらと去来し、音の塊それぞれを縫い合わせていく。使用されるテクスチャーのバランスが良く、またそれぞれの音の重なり方や鳴らす契機、ディレイやリバーブの掛け具合が楽曲構造的である分、エクスペリメンタル作品にしては全体的な把握がし易い。Part2は控えめに歪んだノイズドローンの上に幾つかの層が折り重なり、20分辺りでクライマックスを迎え、後は夢の残り香と喩えても良いような長い収束へと至る。
全体としては静謐であり、原作の方で書き綴られる窮屈で独特な喧騒は感じられない。開発工事の雰囲気も無い。原作にもどちらの楽曲にも共通するのは、舞台装置のキーとなっている、無限であるかのように拡大していく空間の在り様である。
科学の概念はあるが史学的にしか使われず、インテリジェント・デザインの観点すら微塵も出て来ない文化の中で、一般人の思想の代表として書かれる警察医は、煉瓦も鉄骨も時間と同じく太古から存在してきたと言及する。一方で、無限に拡大しているように見えるこの都市構造から完全に離れた自由空間があるのではないかと、浮浪罪の容疑で精神鑑定を受けるマトスンは考える。
それが果してパラノイア程度なのか、天動説を一笑に附した時代のそれなのか、実際に無限に閉じられた空間世界であるのかはこの場で問う必要は無い。この世界に於て両者の観点は何れも正しいのかも知れず、外郭のスラムの更に先、生活圏を超えた空間の先端で、宇宙で塵芥とガスから星が形成されるように、自由空間と呼ばれる外郭に散る塵芥から都市空間の基礎が自己建造されているかも知れない。寧ろ、そのように想像しつつ耳をそばだてれば、この作品のインスピレーションと親和し、普通のエクスペリメンタルとはまた一風変わった形で響いてくるだろうと言える。
尤も、必ずしも出典に沿った観点を考慮して聴かなければ如何無い等ということは無い。SFに描かれる世界像とは、得てして非常に金属的・コンクリート的な質感で満たされている。シンプルな未来世界やディストピアは勿論のこと、ポストアポカリプスが描かれる世界に於ても、曾て在った高度な文化・文明の涯として、朽ちた数々の遺構が直截に表現される。ただテクスチャーと空間に身を浸らせるだけで無く(勿論それが本来のスタンスであるし、充分過ぎる程良いが)、そうした土地の自然状態を、コンクリートや金属のテクスチャーを用いて音の形式として描き出したものと捉えるだけでも、幾分か印象深い音楽になるだろう。
前述した通り、本作は耳馴染みが良く捉え易い。加えてドローン作品も含まれるので、エクスペリメンタル、フィールドレコーディング作品の端的な総括としても秀でている。初心者の足掛かりとしてもお勧めしたい。
水中マイクで録った魚類・甲殻類の発する音や洞窟の雫の音、それらにモートン・サボトニック(特に『Until Spring』)を合わせたかのような『A pattern which connects』、機械音・金属音・電子音に水の音を織り交ぜた『The Growth of Artefacts』など、他の作品も高音質且つ耳触りが良く、アイデアに溢れた秀逸な物が揃っている。